【天才派遣事務所】
目次





「私は、いや、私たちは『天才』というやつが大嫌いなんでね。神童?神にえらばれし者?それくらいで普通の人と区別をつけるとはね。なんとも迷惑なものだ。そう、迷惑なんだ。私たちにとっては。たかだか『普通の人と違うレベル』で区別しないで欲しいんだ。だからこそ私たちは、天才を憎悪する。いいか?『努力』を伴う『才能』なんて『才能』とは言わないし『天才』とも言わない。『努力』を伴った時点でそれは『努力の結晶』であり、『才能』ではないのさ。さて、そろそろ私が何が言いたいか理解できただろう?つまり、『ダイヤの原石』は所詮『ダイヤ』じゃないんだよ。『努力』すら必要ないものであってこその『才能』だね。」

・・・・・・果たして俺は今ここで何をしているんだろう。
目の前の女は俺にとっては意味不明なことを延々と語っているし。
俺は何故自分がこの廃ビルに拉致られたのかわからないし。
俺の周りを取り囲んでいる数人は一切口を開かないで俺を見ているし。
気まずい。
しかし俺のこのような思いに気付いたふうも無く、いや、どちらかというと意図的に無視している感じがあるんだがそのまま俺への語りかけをやめようとしない。

これでかれこれ一時間半ノンストップで話しかけられているんだが。

「そう、たかだか『天才』と呼ばれるやつが。私たちのような『天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才』と一緒にされてたまるかということだよね?」


うわ

こいつ電波でした。





【天才派遣事務所〜天才、貸します〜】 第一話その1




ことの始まりは二時間前、つまり俺の目の前の女がだらだら語りだす三十分前に遡る。

ここは荒れ果てた町、新塾(シンジュク)。多くのビルが立ち並ぶもそのほとんどが荒廃しており、半ば崩れ去っている。数年前までの内乱の傷跡だ。むしろ、これだけビルが残っている方が珍しい。噂だとかつて都の一つであった大逆(オオサカ)などはほとんど平地と言ってもいいほどであると聞いた。そしてそれ故にここ新塾に居続ける人は多い。そして人が多いということは仕事があるということでもある。まぁ、俺は別に職に困っているわけでは無いが。
いや、ほんとに。
だって今日は休日だし。

珍しく朝早くおきて「そうだ、クレープでも食おう。」と思ったのが悪かったんだろうか。すいません、しばらくは甘いもの控えます。通りを歩いていると後ろから呼び止められた。
朝起きた時点で既にろくな日にはならない気はしていた。だがどのような選択肢をとってもこの結果に帰結すると俺の勘が述べていたため、声をかけられた瞬間あきらめもついたし抵抗する気も失せていた。
だから後ろから声をかけられた俺は黙って振り返り―

―渾身の右ストレートを放った。

我ながら惚れ惚れするフォーム。足先から頭の天辺まで美しい軌道を描きながら前方に放たれる俺の右拳。捻り込まれる間接と踏み込まれる左足、ほぼゼロ距離からの予備動作無し。
完璧だ。
で、

ものの見事にその右腕を掴まれ、
引かれ、
体勢を崩され、
前のめりになったところの腹にフックが叩き込まれた。
肺から押し出される空気。胃液が逆流し、喉を焼く。痛みが来る前にまず胴体が体から抜け落ちる感覚。

この全てを、左腕一本でやられた。
しかもとどめといわんばかりに顎先を掠めるようにエルボー。
当然、左。
脳が揺れる。いや、焼けるように熱い。目の焦点が合わない。
意識を刈り取られる直前に見た相手の顔は焔色の美しい長髪とエメラルドグリーンの瞳を持ち、不敵な笑みを浮かべる女性だった。


ほぅら、最悪だ。



***********



そして時は現在に戻る。
ここは何処だか一切分からないが30分前くらいに俺の目の前の女の話の中でここは新塾らしき言葉を聞いたので俺が襲われたところより大して離れてはいないんだろう。

状況の再確認。

ここは多分廃ビルの一つ。外の風景を見たかぎりでは4〜6階あたりだろうか。俺のいる部屋にはデスクなどが置かれており、さながら事務所である。もっとも、全てのデスクには書類はおろか、ライトも筆記用具も何も乗ってはいなかったが。唯一一つだけ、今俺の目の前の焔髪の女が腰掛けているデスクに「所長」と書かれたプレート(しかも手作りの紙製)が乗っているのみだ。
俺の周りにいるのは目の前で喋るのをやめない焔色の髪の女、壁に寄りかかって立ったままの三つ編み眼鏡の女と部屋の隅の方のソファでずっと本を読んでいる黒髪長髪のおとなしめの女三人と中性的なやつ(パッと見では性別がどちらか分からん)が一人。全員が全員俺を取り囲んでいるがさっきから喋っているのは俺を拉致った焔色の髪の女のみ。他の三人は黙ったままだ。

「で?君はどう思うんだ?墓薙逆(ハカナギ・サカサ)。君だってアホ臭いとは思っているんだろう?自分を天才だと粋がっているやつらが。努力して必死に掴んだものを才能と言われ、努力して掴めたもの『程度』が私たちと同列にされるんだ。安易に才能という言葉を使うのは努力をした相手を傷つけるし、同時に真に才能を持つものを侮辱している。そんなことも分からない無能共が充分な努力もせずに才能を欲しがる。なんとも滑稽だよな?」

え。
これ俺に返事を期待しているの?というかなんであなた俺の名前知っているんですか。待って。待って。なんで胡桃(くるみ)を素手で割っているの?え?ちょっと待って。なんで割れるの?ていうかどうやったら人差し指と中指だけで割れるの?その指の使い方はじゃんけんのチョキか目潰しぐらいでしか使わないよ!?

「おいおい答えないのか?墓薙逆。それはつまりはアレか?思考の放棄か?それはよくないな。分からなければ考えろ。分からないことは恥ではないが分からないからといって考えるのをやめるのは恥だ。まぁ、これは私の持論なんだがね。無論、人それぞれに違う意見があるからもしかしたら誰かが私以上によい意見を持っているかもしれない。だが今のところは私が今までで見たり聞いたりした中では私の持論が一番しっくり来るのでこれを使わせてもらっている。つまりはだ、もし君が私以上の意見があるのなら遠慮なく言いたまえ。その意見を参考にさせてもらうとしよう。しかしだ―」

「姫々姫(ミキ)ちゃん、姫々姫ちゃん、」
「―っと、なんだ?過去(カザリ)?」

ここに来てようやく黙っていた一人が口を開いた。
腰まで届く三つ編みを二つ垂らし、大きな眼鏡をかけたおかっぱ女が口を挟む。満面の笑みを顔に浮かべ、

「少しは話を分かりやすくした方がいいわよ。あなたの台詞には無駄が多すぎる。この頭悪そうな坊やには姫々姫ちゃんの言葉は毒以外何物でもないわ。」

フォローにならないフォローを入れた。

「毒?そうか毒か。毒という比喩は意外と合っているかもしれんな。私個人としては言葉で薬を送っているようなものだったからな。つまり、だ。いくら良薬、この場合は私の言葉だな。といえども与えすぎると毒になってしまうということか。まさに良薬口に苦し!ただし本来の意味とは全く違うが!ふふふ!面白い比喩だ!!過去!お前はやはり頭がいいな!だが私としては―」

「姫々姫ちゃん。少しは自分の思考の解説をやめて逆君の話を聞いてあげて。聞く価値があるかどうかは別として。」

あ、この眼鏡むかつく。
すごいむかつく。
死んじゃえ。
でも、俺にやっと発言権が回ってきたのでありがたく使わせていただく。

「えーっと、まぁ、いい。聞きたいことは死ぬほどあるがまず一番基本的なことから聞こうか。で?俺は何故ここに連れてこられたんですか?最低限これだけは答えてくれ。はいすいません答えてください。」

今台詞の最後に刃物突きつけられた。

「ほほう、私はお前に質問をしたのにそれを全て無視して私たちに質問か。その神経の図太さは賞賛に値するかもしれんな。いや、ここは賞賛する前に質問に答えてあげるべきなのかな?それだとこちらが損した気分になってしまうので跡でこの損した分は返してもら―」

この女いつまで話す気だ

「姫々姫君。そこらへんは私が喋るから黙っていてくれないか?」

このよく喋る焔色の髪の女(ミキと言ったか?)が座っているデスク、所長のプレートがついているデスクに付属している椅子の主である中性的な顔の奴が女を黙らせる。多分、こいつが所長なのだろう。それにしても、こいつ女か男かわからねぇなぁ。

「・・・・ふむ。光(ヒカル)の願いだったら仕方ないか。黙るとしよう。」
「ふふっ。ありがとう」

思った以上にあっさりと姫々姫は黙った。力関係のなせるものか信頼のなせるものかどちらかは分からんが(まぁ、おそらく両方だろう)こいつが黙ったのは俺にとってはメリットにしかならないのでこの所長らしき人と話すこととする。

「さて、初めまして。私の名前は素好光(スズキ・ヒカル)。漢字は追々知ってもらえればいいから名前だけは覚えてもらえるかな?ここ、天才派遣事務所の所長をやっている。呼ぶときは素好さんでも光さんでも神様でもご自由にどうぞ。」

最後の呼び名だけはスルーしようと心の中で誓った俺。
光はそのままニコニコ笑顔を一切崩さぬままに俺と話す。

「ご存知の通り、君はここに拉致られて来た。それを指示したのは僕だ。そのことはすまないと思っている。強引な手段に出るとは思っていなかったのでね。まぁ、それは後でいくらでも謝罪しよう。まずこの事務所はなんなのか教えた方がいいか。まぁ、事務所名を聞いたとおりここは『必要な人のために天才を貸し出す事務所』だ。今は一人欠席していていないけど所員は私を含めて現在五人。全員何らかの才能を持っている。もちろん、先ほどの姫々姫君の戯言の中で言われているようにそんじょそこらの才能なんかではない。まぁ、後々分かることだがね。私たちの仕事は依頼主の依頼内容に合う才能を持った者を貸し出す、という実にシンプルなものだ。まぁ、万屋と言っても間違いでもないかな?ここまでは理解できたかな?質問が無いのなら君をここに連れて来た理由に移りたいんだけど。」

俺は黙って首を振る。この間も一切光の顔から笑みが消えることは無い。
「そう!よかった!じゃ、本題。何故、私たちは君をここに拉致してきたのか。その理由は単純明快だ。

―――墓薙逆君、僕たちは君をスカウトしにここに連れて来たんだ。」


・・・・・・・・

・・・・・・・・

ん?今こいつなんて言った?

「あ、すいません。もう一度。」

「もちろん。何度でも言おう。墓薙逆君、僕たちは君をスカウトしにここに連れて来たんだ。」


・・・・・・・

あれぇ?


「も、もう一度・・・」

「では、姫々姫君、お願い。」

お前もう喋らないのかよ
などと思ったが、そんなこと考えている間もなく焔色の髪の女が喋り始めた。

「いいか?この派遣所にいる人間は例外なく『天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才』だ。そしてそのような人間しかいない派遣所に墓薙逆、君がスカウトされたのだ。つまり、だ。君「も」私たちと同じ『天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才の中の天才』だということだ。その才能、この「天才派遣所」で使われてみないか?いや、正確には使わせろ、と言いたいのだがやはり便宜上は使われてみないかと言った方がいいのか。まぁ、ここは私としては珍しく余計な思考は省くとする。つまりは、私たちは墓薙逆、君にここで働いて欲しいのだ。以上、私は副所長の紅原姫々姫(クレナイバラ・ミキ)だ。」

おいおい
本音を建前で隠す気ゼロですか

「ん〜・・・余計な台詞も入ってたし65点。」
「くっ・・・そうか・・・。上手に要点を述べられたと思ったんだが。」

姫々姫が微妙に悔しそうにする。
本当にこいつは余計なことを言いすぎだ。

「私だったら相手に何も伝わってない時点で0点ですけどね。」
カザリと呼ばれていた女が補足をつける。


さて、と
・・・まぁ、待て。とりあえず俺落ち着け。

混乱する頭を抱え俺はなるべく無心になろうとする。

いやな予感はしていた。
それはいい。
『思った通り』だったからだ。

俺の考えた問題はそこから先。どうこれを『断りきるか』にあった。
断るのに理由は無い。
ただ、俺の勘がそうしろと告げていた

「え、と、なるほど。俺が何故呼ばれたのかは理解できました。しかし、腑に落ちない点が一つ。」
「ふむ。なんだね?言ってみたまえ。」
光が笑顔で応対する。

この笑顔の裏で、どこまで知られているのか。
俺は賭けに出た。


「俺にどんな才能があるんですか?」


一瞬の静寂。
だが、

「ハアッ!!!面白い!まだとぼける気か!」
誰が何するよりも先に過去が盛大に笑った。

俺は今の発言で内心冷や汗をかいた。
『やはり』隠せないか。
だがやれることだけはやっておきたかった。
だから逆は無理を承知でとぼけた。
「では、具体的に俺の才能ってなんなんですか?」

「どんなと言ってもねぇ?説明しにくいなぁ。」
光が全てを見透かすような笑みで返答する。
台詞には困ったような感じを出しているがその笑みには一切そのような様子は無かった。

あーくそ。見える。あいつの目が言ってる。「自分で分かっているくせに。」って言ってる。
ざっけやがって。
死んじゃえ。

「説明しにくいんじゃなくてめんどくさいだけでしょう?それなら私がやりますよ。簡単なテストをやれば済む。」

今まで壁に寄りかかって話を聞いていた過去が一歩前に出てくる。

テスト?

そう一瞬だけ俺は訝しげに思ったが、一歩前に出た過去を見た瞬間そんなことどうでもよくなった。
何故なら、


その手には鉄色に光る筒状のもの、――俗に言う「拳銃」というものが握られていたからだ。


は?ちょっと待てちょっと待て!!!ふざけるな!!?

「今からお前の才能とは何か答えを出す為に簡単なテストをやる。私は、これからこの拳銃でお前の左右の脚どちらかに銃弾を打ち込む。なぁに、軽く動かせば避けられる程度さ。死にはしない。全部避けてみせな。全部二択だし単純(シンプル)だろう?」
過去が黒い笑みを浮かべる。心底楽しそうだ。死んじまえ。

「もちろん、当たったら痛いじゃすまないけどな。すまないね。」

笑顔満開で謝られても説得力の欠片も無いぞ。

「そして朗報だ。弾は16発しか無い。」

16発『も』だ馬鹿野郎。

そう俺が思考するのと同時、
過去はノーモーションで手元から乾いた音を16回連続で響かせた。



**************


おんぼろの室内。
その床と壁には先ほど新しく16発分の弾痕が加えられていた。
内装に不似合いな硝煙の臭いを撒き散らしながらも、この部屋の何処にも血痕は飛び散っていない。

そしてその新しく刻まれた16発の弾痕の中心で俺は立っていた。


無傷で。


「ほらな。『やっぱり』避けきれたじゃないか。」
弾の無くなった拳銃を床に放り捨てながら過去は言った。
拳銃が床に当たる金属の乾いた音だけが狭い部屋の中でこだまする。

避けきれたと言っても文字通り紙一重である。
少しでも体を動かすのを止めていたら確実に無事では済んでなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・ざっけんな。」
息切れは緊張から開放された代償。背筋は冷や汗でびっちょり冷たい。
銃で撃たれたからだけではない。

この女、

「俺の『腕』も狙っただろ。」

「当然だ。見れば分かるだろう?」
過去に一切悪びれた様子は無い。
その顔には「当たり前のことをしただけだが?」という表情がついていた。
それにたいして俺は

「ふっざけんなああああああああああ!!!!!!!!」
キレた。

「てめぇ!!避けれたからよかったものを!!殺す気か!!!ってか二択なんて嘘つくな!!!!思いっきり両手両足狙ってたじゃねぇか!!!!!」
半ベソ。しかも全身プルプル震えたままでもある。

「かかか。悪い悪い。・・・とは少しも思ってないけど。むしろざまぁみろ。」
この女悪魔か。死んじまえ。

「ふっ。まぁいい。過去。いい加減にしておけ。本当に君はその性格の悪さだけは直した方がいいぞ?だがこれでハッキリしただろう?墓薙逆。君の才能を我々は知っている。」
姫々姫が片手で過去を諫めながら俺に対して改めて話しかける。


「君の才能とは――」

姫々姫の台詞を最後まで聞く前に逆は内心で舌打ちをした。

チッ
やはり、こいつらからは逃げ切れなかったか。

そして告げられたものは紛れも無くこの俺、墓薙逆が天から授かった能力、

「――究極の、『勘』だ。」



(続く)



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