【天才派遣事務所】
目次

前回分 第一話その4





【天才派遣事務所】第一話その5





辺りにはまだ粉塵が舞い足元を隠している。
しかしそれも数秒の後には先程まで『壁』であった『窓』から吹き込む風により舞い上げられ、外に運ばれていく。

先程の大きな破砕音の後より誰一人喋ってはいない。ただ風の音のみが聞こえる静寂がこの空間を支配していた。

そんな静寂の中、パチン、という金属の鳴り響く音がした。
そして吐き出される紫煙。
『蛙』がまた新たに三本、煙草に火をつけていた。
これで彼の口には五本の煙草が咥えられていることとなる。

「誰かな?とは聞かないさね?その髪を見れば一瞬でわかるよ?」
『蛙』は不機嫌そうではあるものの、その表情に驚きという感情は無さそうだった。

「へぇ、それは光栄だ。そして賢明だ。生憎私はその質問を挑発として捉えるからね。無駄に私の怒りを買いたくなかったらこのまま事を進めようじゃないか。紳士(ジェントルマン)。」
彼女にしては言葉少なく、俺たちの同僚である焔色の髪の女性――紅原姫々姫は喋った。
左手には二本の着火済みの煙草。
いずれも人差し指と中指で挟まれている。

「全く・・・今回の仕事はずいぶんとハードだな?私は楽な仕事しかしたくないのだがね?私の攻撃が避けられたのはさっきが久々だけど掴まれたのはまだ二回目だよ?しかもあなたほど余裕を持って取った者は居ないときた?こまるねぇ?」

『蛙』は文句を言いつつも煙草を吸うのをやめようとしなかった。その動きはひどく緩慢で言葉とは裏腹に強敵を相手にしているようには見えない。ゆっくりと煙を吸い込み、肺の中を循環させてから鼻腔から紫煙が吐き出される。

鼻で輪っかの煙を出すとはずいぶんと器用な。

「さて、噂の『紅』の麒麟児の実力見せてもらおうか?」

その台詞を言い終える時には口に咥えられていた全ての煙草は無くなっていた。当然、俺には煙草の行方は見えてはいなかった。
そして結果も、見えなかった。
何故なら、目の前で視界を塞ぐほどの爆炎が起こったからだ。

大気の弾ける音と叩きつけられる空気の壁。
一息遅れて襲ってくる熱風。
俺が顔を防ぐ為上げた左腕は軽く焼かれ、肌を突き刺すような痛みに襲われた。

「何何何何!!??何が起こったの!!誰か説明して!!?」
柄にもなく取り乱してしまった。
反省。


炎が収まったころにはその熱さも消え、視界も元の広さを取り戻そうとしていた。
先程あった爆発の中心辺りの床は煤で真っ黒になり、放射状に床を走るひびがその破壊力を示していた。
そんな中、目の前に不思議な光景が広がっているのを私は見た。

爆発前と『寸分違わぬ』姿勢と位置で立ったままの二人だ。

片方は、先程まで煙草を咥えていた紳士。先程までとの唯一の違いと言えば今彼の口には煙草は咥えられていないということだけだ。

もう片方は片手を腰に当て、もう片方の腕をだらんと下げた状態で休めの体勢をとったままなのは爆発前と同じ。こちらの方の唯一の違いは垂れ下がっている腕のほうの手には二本ではなく、四本の煙草がその指に挟まれていたということ。
いずれも、先程から『蛙』の口から『撃ち出されている』煙草だ。

両方とも動かない。
一切の動が許されない静の世界のような時間が一瞬だけど長く続いた。
だが、やはり先に姫々姫のほうが口を開いた。
「そうか。私は『紅』の麒麟児と呼ばれているのか。なんとも迷惑な話だ。だがまぁ、『体裁上は』そうしておかないといけないのだろうな。」

「ふぅ・・・?『紅』一族始まって以来の天才、『戦姫』にして『戦鬼』、『紅々帝姫々姫』(クレナイコウテイ・ミキ)殿?あんたやっぱ化物だわね?今のでその体に煤一つつける事無くそこに立っていることが私にとっては理解の範疇を超えているよ?」


・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・誰?それ。

と一瞬思うものの、なんとなくは理解する。
『紅々帝姫々姫』=『紅原姫々姫』
おぅけい。
何故苗字を変えているのかは不明だがそんな諸々な事情、は『誰にでもある』。
問題はその挑発行為を何故今『蛙』が「わざと」しているかだ。

「・・・・懐かしい名だな。久しくその苗字で呼ばれていないんである意味感動したよ。だが私は今『紅原』だ。その姓は家から出たときに棄てたんで私を二度と『それ』で呼ばないほうがいい。私の神経を逆なでするだけだ。まぁ、こんな注意はさておき、よく『紅』一族の内情について知っていたな。あまり深入りすると消されるぞ?あ、でもそれよりも前にさっきの爆発ってどうやって起こしたかだけ教えてくれないかな?私テキトーに防いだだけだし。」

テキトーですか。

あれを。

我慢ができなくなったのか『蛙』はまた一本、煙草を取り出して咥え、火をつけた。
「ッフゥー・・・・全く?あれは私の必殺のカードだったんですがね?あなたにとってはテキトーに防ぐ程度でしかなかったというわけですか?まぁいいですか?私が先程新しく咥えた三本の煙草はその前までに私が撃っていた煙草より少しばかりニコチンが多くてですね?爆発させやすいんですよ。二本を先に爆破させて相手の視界を奪い、その間に心臓と頭を狙った二本と保健用の爆発分一本を時間差で打ち出すだけですよ?まぁ、大抵の人は最初の爆発で死ぬんですがあなたは爆発を防ぐだけでなくその爆炎の中から飛んできた私の弾を掴んでしまうんですからたいしたものですよ?あぁ、ちなみに『紅』一族に関してはご心配なく?私にはちゃんとした後ろ盾がありますのでね?アフターケアは万全なのですよ?そんなことより何故四年前に行方を眩ましたあなたが今こんなとこにいるんですかね?」
煙を吐き出しつつも質問を続ける。
ちゃっかり質問に答えてあげているのは律儀と判断すべきか怪しいラインだ。
多分、自分の必殺が『必』殺じゃなくなった時点で諦めただけだろう。
というかニコチンが多いから爆発しやすいなんて理屈聞いたことねぇよ。

「生憎だね。いくら私がおしゃべりが好きだとはいえ自分の話したくないことまで答えるつもりはない。まぁ、それにしてもお前の煙草は面白いな。私が見てきた意外性のある技ではTOP105に入る意外さだ!ただ、もうちょっと殺傷能力が高かったらTOP100くらいには入ってただろうに。」

コンクリに刺さる煙草をお前は殺傷能力不足と言うのか。
お前は。

「あぁ、そうだ!せっかくだから私のほうもネタ晴らしをしてやろう。あの爆炎の防ぎ方が知りたいんだろう?多分みんなが思っているより簡単だよ?こうやって手を振って――」

そう言って姫々姫は右手の手首から先だけを軽くスナップをきかせて――振り抜いた。

瞬間、彼女の右手の辺りの大気が『歪んだ』。
彼女の手によって押された空気が『密度を変えたのだ』。

「――こんな感じの空気の『壁』を作るだけ。簡単でしょ?ちょっと空気の密度を上げるだけなんだから誰にだってできるよ。こう、なんつーの?おにぎりを握る要領で。あ、ちなみに煙草を掴むのはただの動体視力だから。」

よし。
ここまでで俺は人に見つからない歩き方だの煙草の爆発のさせ方だのなんかいろんなテクニックの理論を説明されたけど

その唯一つも理解できない。


なんかもう、理解できなくても、いいや。


「で?これだけお前のおしゃべりに付き合ってやったんだ。そろそろ私の方も質問をいいかい?」
とうとう姫々姫が痺れを切らしたようだ。

「・・・どうぞ?」

姫々姫は獲物を弄るような視線で、『蛙』を見つめ、聞いた



「その『残弾一』で私を倒す方法思いついたか?」



「いいや?さっぱりさ?!」


『蛙』は困ったように肩をすくめるのだった。


(続く)



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未定