【天才派遣事務所】
目次

前回分 第一話その3





【天才派遣事務所】第一話その4





「・・・・あー、確かにその通りだな。墓薙。あいつだな。」
意外そうに過去がつぶやく。

場所は新塾郊外、空は快晴
周りは人の住めないような廃墟である。数十年前まで立ち並んでいたビル群は無残にも崩れ落ちているものが多く、風化したコンクリの粒を含んだ風が吹いている。
ここは、数年前の内乱により戦闘区域となった。おかげで今では立ち入り禁止区域である。
ところどころビルの壁や地面に弾痕や爆発の跡が残っている。
今となっては一般の人も住めるような生活区ができてはいるが、復興が間に合ってないところなどこんなものだ。
今や日本の4割がこんな感じで内乱の爪跡が露骨に残っている。


そんな廃墟の中、一人朽ちたビルの屋上に佇む派手なドレスを着た少女の姿はある意味異常だった。
だが逆を言えば、それほど目立つものはない。
探し物としては。

「朝影と墓薙。ちょっとお前ら行って連れて来い。紅原はここで私と待機。もしもの時は紅原に向かわせる。」

え?あれ?ちょっと待って。

「非戦闘員に先に行かせるのかよ!?」

鬼かお前は。

しかし、そんな俺の一言も過去の罵倒で反駁にあう。
「ハッ馬鹿か貴様は。ちゃんと脳を使えカス。紅原に餓鬼の相手ができると思うのか?せいぜい好き放題喋っているのが関の山だ。そして朝影は?こいつは子供の相手はできるだろうが声を出せない奴に餓鬼の相手をできると思うのか?そして私は餓鬼が無限大嫌いだ。そしてここ(外境界)では単独行動は厳禁。そうだとしたら導かれる組み合わせは一つだ。単純(シンプル)だろう?」

無限大嫌いなんて初めて聞いた。

『逆さん、行きましょう』
文は納得したのか、俺を促す言葉を端末に打って俺に見せてくる。
確かにこの四人の組み合わせの中では、これがベストだろう。
「仕方ない、か。」
若干の不満とあきらめを覚えつつ、俺と文は先程少女(名前は長すぎてもう忘れた)の姿があった廃ビルの中へと足を進めた。

「墓薙。」

まだ何かあるのか。

「朝影を守れるのはお前の『勘』だけなんだからな。期待してるぞ。」

過去と姫々姫がグーのまま右手の親指を天に指した仕草で俺たちを見送っていた。
所謂『GOODLUCK!』のサインだ。

無茶をおっしゃる。
そんなもん境界線を越えたときからとっくにメーター振り切ってますよ。

諦観。
この一言に尽きる感じが俺の心を支配しようとしたところ、後ろからふと短い一文の書かれた端末が俺の前に出された。

『守ってくださいね(o^^o)』

はい、全力で守ります。

背は高くとも見た目は清楚な美少女。
性格は申し分なし。
守ってくれと言われてテンションの上がらない男などいようか。

全く。
俺も現金なものだ。


***


廃墟の中は暗い。むき出しのコンクリの壁にはいたる所にひびが入っており、鉄骨がむき出しになってしまっている所も多々ある。当然、電気は通ってなく外の太陽の光が差し込んでこない限りは室内が明るくなることは無い。
床には薄っすらとチリが積もっており歩くたびに雪原を歩いてるかのように地面に足跡を刻んでいくこととなる。
外からの光が入ってきているせいからか薄気味悪さはあまり無いがその静けさには背筋にいやな汗を流させるのに充分だった。

「さっきあいつが見えたのが屋上だから・・・・四階か?」

俺と文が建物に入って一番最初に探したのは階段だった。大穴が開いていたり弾痕が無数に刻まれたりしていたがコンクリ製の階段はその機能を維持できており、俺たちを上の階まで導いてくれた。
俺たちの足が止まったのは三階への階段の半ば。踊り場まで行き着いた俺たちを半階上、つまり三階の部分で腕を組んで待っていた人物がいたからだ。

「アルシエル・・・では無さそうだね。誰?あんた。」

俺は努めて冷静に疑問をぶつける。

俺たちを待ち受けていたのは長身の蝶ネクタイをつけたスーツ姿の男。
口には二本の煙草を咥え、左目にモノクル、頭にはシルクハットを被った狐目の変な奴だった。
細身ではあるが彼がそこに立っているだけでまるで強大な獣と対峙したような力強さが伝わってくる。

さっきから頭の中で警鐘が鳴り響いている。俺の勘が総動員してここが危険だと告げてくれている。

だが残念。

一人の場合は一目散に逃げていただろうが(というかそもそも近づこうとすらしなかった)現在、俺の後ろには女性が立っている。彼女を置いて逃げるわけにはいかない。

「ヒヒッ。君たちこそ誰だい?こんな場所にいるってことは観光ではないんだろう?」

「俺は田中太郎だ。ここには観光に来た。さぁ、答えてくれ。お前は誰だ。」
即答。
さらりと嘘がつけるのはいつも練習しているから。
たまにするじゃん?
こう、万が一の為の練習ってやつ。

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!いいね?!いいよ君面白い?!私は好きなものがこの世に二つだけあってね?その一つは君のような面白い嘘つきだよ?」

光栄だね。

「ヒヒッ。いいよ?私も誰だか答えようか?私は『蛙』(かえる)だよ?まぁ、仕事上の名前だがね?よぉく覚えておい―」

俺は奴の言葉を最後まで聞かずに文の腰を抱え二階に続く階段にダイブした。

「―て?これがメイドの土産ってやつに・・・・って今のを避けるんだ?すごいね?田中君?」

数瞬前まで俺と文が立っていた位置、そこには一本の白い棒が生えていた。
コンクリの踊り場にめり込み、床から生えた杭ように見えるそれが数瞬前まで『蛙』の口に咥えられていた――煙草だったと気付くのには数秒かかった。

「初撃を避けられたのは久々だね?いいね?いいね?君いいね?」

『蛙』は新しく煙草を三本咥え火をつける。これで彼の口元には四本の煙草が紫煙を撒き散らしていることになる。それは同時に、『蛙』に『四発の弾丸』があることも示していた。

「まぁ、避けきれはしなかったようだがね?後ろの女性を庇わなきゃそんな怪我せずに済んだのにね?」

「・・・・ちっ」
小さく舌打を打つ。
俺の左脚。そこに太さ一センチほどの黒い線がふくらはぎから足首にかけて刻まれていた。
超超高速で撃ち出された煙草が掠った痕だ。傷自体は深くない。しかし皮一枚しかもっていってないからといって痛みが無いわけではない。無傷でかわそうとして掠ったんだ。負傷した状態なら直撃は免れないだろう。

というか既に痛すぎて立てない。

「ここにいるってことはどう考えても『銅頭巾(あかずきん)』を探しに来たね?」

・・・・・・・・

え?

誰それ。

「残念ながらそいつは私の獲物でね?ようやく見つけて捕らえたんだ。横取りされては困るわけだよ。なんてったって報酬が莫大だからね?まったく、没落貴族の小娘一人のためによくこんな金を出せるよね?」

後に知ることだが、『銅頭巾』とはアルシエルのことらしい。
文が俺の後ろから俺の背中に向けて携帯端末の画面を俺に向けていたようだが一切気付かなかった。

「・・・・捕らえた?」

「そうだよ?まぁ、あの高飛車な態度は多少むかついたがね?莫大な報酬と引き換えと考えれば安い代償だったよ?下手に出ればある程度はこちらのことを聞いてくれるからね?これでも私は紳士で通っているからね?手荒な真似は商売敵意外にはしないのだよ?」

『なるほど。アルシエルちゃんは無事なんですね?』

これまでずっと俺の背後にいた文が初めて俺の前に出てきた。
ずっと後ろで庇われていた女性が前面に出てきたことが意外だったのか、驚きの表情を隠さない『蛙』。



それ以上に驚きの表情を隠さない俺。


「いやいや待って文さん危ない!危ない!!というか万が一この状況が安全でさらに俺が無事生きて帰れたとしても危険な目にあわせたからって俺が過去に殺されそうだよ?!」

必死必至。
前門の『蛙』と後門の『眼鏡』。
ろくな奴らに挟まれちゃいねぇ。

「ふむ?あなたのような女性が前に出てくるほどの胆力があるとは意外でしたな?まぁ、いいでしょう。そこを評価してお答えしましょうか?結論から言えば『無事』。この三階の奥の部屋で丁重にお待ちいただいておりますよ?」

『そうですか。ありがとうございます。なら、第二ラウンドといきましょうか。(`・ω・´)』

文が端末を『蛙』に見せた瞬間、俺たちの一つ上の階、つまり三階で大きな爆裂音と共に何かが崩れる音がした。

「何!!?」

『蛙』の反応は思った以上に早かった。
瞬時に身を翻し、三階から流れ落ちてくる粉塵の濁流をものともせず三階へ消えていった。

『立てます?』

「・・・・・なんとか、かな。何だよさっきのは・・・。ロケット弾か何か使ったのかよ。」

『まさかぁ!(^^)ノシそんな物持って来てなかったじゃないですか!』

「じゃあさっきのアレは何なんだよ。」

『決まってるじゃないですか。』

文は誇らしげに俺に端末の画面を突きつける。

『正義のヒーローの登場ですよ(o^^o)』


数分の後に、文に肩を貸してもらい三階への階段を上りきった俺たちの前には、
先程まで壁『だったもの』が瓦礫となってそこらじゅうに散乱する中で不機嫌そうに立つ煙草を何本も吸っているスーツ姿の紳士とその遥か後ろで佇む紅いドレスを着た金髪の幼女。

そして


粉塵の中も爛々と輝く焔色の髪を棚引かせ、不敵な笑みを口元に浮かべた俺たちの同僚の姿があった。



(続く)



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